おはようございます。雪が積もっている宮古です。昨日は鍬ケ崎に行き色々探し作業でした。
自衛隊がきていて道路を確保するのか道路上にある家や残骸を重機で撤去して、
鍬ケ崎の港町の造船所まで車両が通れるようになりました。
蛸の浜上の大橋から鍬ケ崎を見ると建物が近くには見えますが
実際下に下りてきて下から鍬ケ崎みるとでは違います。
テレビでみるのとまた違います。目の当たりにすると凄まじいです。
同じ宮古でも(田老や新里・川井と合併前の宮古)被害が1番なのが鍬ケ崎です。
世界が違います。
自衛隊が捜索・遺体を収容してます。遺体安直は宮古市福祉センター。
田老は北高校。田老はスーパー防潮提を超えてきました。
スーパー防潮提でも防ぐことができなかった。
水門閉じたので入ってきた津波が防波堤から抜けでず
貯まった状態で被害が大きかったみたいです。
藤原ですが壊滅はしてません。国道45号線の脇の建物は普通にありました。
ただ下部分が海水に浸かった感じです。倒壊や壊滅してはないです。
道路を南下して磯鶏方面も倒壊や壊滅はしてません。普通に家がありました。
文化会館も普通にあります。
河南中方面の実田も普通に家があり津波で家屋倒壊も見えません。
海水がきて床下浸水くらいなのかな。
鍬ケ崎地区は壊滅で空襲受けてさら地みたいな状態で被害が凄いです。
町方面とは世界がまったく違い。
宮古町ですが家屋は普通にありました。倒壊は見受けられませんが
床下・上浸水程度。じょうない写真店付近は床下浸水くらい。
かんせん道路を 元ミヤビル方面に行くとこちらの方が波がきたみたいです。
元 まるしん跡付近は車が家に突っ込んでたりして
水位が約一メートル40センチくらい壁に跡がありました。
宮小学校まで来たみたいです。宮小学校ギリギリでした。
ツルハドラッグから山口方面は 今まで通り普通の町です。
津波なんて来てません。通常通りの生活してます。
同じ宮古でも浜何処の鍬ケ崎は地獄。こちらは天国です。電気・水道復旧してました。
宮町から千徳方面も影響なしで通常通りの町並みです。
津波で家屋がなくなっても生きている人もいれば家屋があっても行方不明の方もいます。
家が津波が来ないとこに住んでいても、津波時にどこにいたかです。
浜何処にいたらば津波に飲み込まれたか 各地区の避難場所に避難しているか、
パークホテルでも日立浜町に住んでいない方も避難しています。
山田や豊間根 田老や宮古町に住んでいる方も津波時にここら辺に仕事で来ていたりと。
中国人も数十名います。小国の方もいます。
津波時にどの地域にいたかで避難場所も違います。
鍬ケ崎に住んでいても仕事場が町方面だったらば宮古小学校に避難しているなど
各避難場所にも避難せず従兄弟や親戚宅に行ってる方も多いので
避難場所名簿確認しても名前がないのもそれです。
こちらも確認したくても確認できず安否不明です。
蛸の浜の川部商店さんは鍬ケ崎小学校 藤井さとさんも鍬ケ崎小学校に避難してるようです
宮園の 佐々木けいいちさん家族は無事。磯鶏のリアスハーバーの鈴木さんも無事です。
人のツテで何処の誰かがと安否確認や聞いてます。
鍬ケ崎小学校に避難せず親戚宅にいる方もいます。
名簿が確実性ではありません。名簿に名前がなくても希望をもちましょう。
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